4月7日深夜 最大余震発生 震度6弱

それでも走る Sマークのトラック ~全国の支援、続々と~

■東京の組合員が寄付した毛布2000枚を重茂に搬入

 生活クラブ東京では今回の震災に対して毛布の寄付を呼びかけた。その結果2000枚もの毛布が集まり、これがセンター経由でDCに全てが集められた。

 重茂漁協では全世帯に「毛布の必要数調査」をおこない、その結果1200枚という集計となった。これにより、この東京で集めてくれた2000枚全てを重茂でいただきたい。という表明があった。参事いわく、「本当は必要なんだけど、多い枚数を申告すると欲張りに思われる・・・、と申告枚数を抑えている傾向がある。だから全てをありがたく受け取り、本当に必要な人に全てを配りたい」という判断の元で、全てが重茂に行く事となった。

 

 太陽食販の13.5トンという大型トラックに満載した毛布を重茂まで直接運び込んだ。本当に天井までびっしりと積んであった。

 重茂では10人がかりでフォークリフトを活用し短時間で下ろした。そして30分後ぐらいには、2トンクラスのトラック数台がこの毛布に近寄り積み込む。これが何回となく繰り返され、1時間後ぐらいには全てが集落まで持ち込まれ、それを必要な重茂の人たちが自宅まで引き取る。見事な組織力を披露してくれた。

■重茂中学校の給食食材

 別の12トントラックにはカゴ車6台分程の給食食材と、重茂の住民に渡す横内ミルクが製造した牛乳と冷凍魚などが詰まれていた。

 中学の給食は2トンに詰め替えられて中学に。停電の影響で無人の中学を予想したが、生活クラブのトラックを見たテニス部の先生と生徒が車に駆けつけて学校に搬入。そこに柔道部や野球部の生徒たちも集まり、見事な連携で食材は学校の校舎に消えた。対応してくれたのは副校長で、彼の口からは丁寧なお礼の言葉を受け取った。生活クラブのトラックを見たら駆けつける。これほど知れ渡っていることに驚愕。後で学校帰りの中学生に尋ねると今日はおかゆと魚の缶詰だとの事。彼の顔ははにかみながらも嬉しそうであった。

 

■重茂の住民に牛乳などを

 現在の原乳事情は放射能汚染問題で入手が困難。栃木工場では無理なので長野の横内新生ミルクの牛乳を世帯1本分の450本をやっと調達できた。そして計画停電で組み込めなくなった冷凍魚や餃子などと、トマトと大根を持ち込んだ。

 いつものように4地区に分けている時、漁協の職員は嬉しそうに牛乳と魚を眺めていた。重茂に牛乳を持って来る事には違和感はないが、魚を持ち込むのは違和感があった。だが彼らは嬉しそうに「やっと魚が食える!!」と。

 盛岡に帰る時、本署を出たら3人の年配の女性に頭を下げられた。その手にははみ出した大根が見えていた。その顔には見覚えがなく、顔見知りではないことは確かだ。だが頭を下げられるのは生活クラブのトラックだとわかったからだ。

 

■3/11の震災時は「茎ワカメ」の袋詰め作業の最中

 

 それが保管されていました。これを太陽の大型車両に乗せてDCに向かいました。震災後の重茂の初荷出しです。量は少ないけど出荷伝票に数と金額が記載されました。茎ワカメの袋には11.03.11と日付が打たれています。どこの組合員の手元に届くのか??? 是非、認識して欲しいと願います。

 

■長野の肌着を重茂に

 生活クラブ長野では、支援最前線の岩手からの発信「肌着が欲しい・・・」に即反応し、組合員に肌着の提供を呼びかけた。その結果、推定5000枚の肌着が集められ、これが順次DCに運び込まれている。肌着という性格上、特に女性物の場合非常に難しい。だから全部を重茂に持ち込み、自分たちが必要な分をとりわけ、そして近隣の漁協に分配する。この路線を本日参事と確認した。

 そばのおびなたが、たまにはそばを食べて欲しい、と盛岡センターに膨大な量を送ってくれました。おびなたから重茂のひとたちへのプレゼントも来週届けます。(大木)

他、山田船越漁協を拠点に山田町内4ヶ所の避難所に食材を届けました。

  

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