わかめの袋詰め作業(群馬の活動報告)

 重茂漁協での「わかめの袋詰め作業」も2ヶ月目に入りました。利用が殺到することを予想し、供給が始まるまでに15万パックを作り終えることを目標に頑張ってきました。準備は万全です!安心してOCRに「1」と記入してください。重茂のみんなと組合員がパックした「重茂わかめ」が届きますので待っていてください。

 この作業に、頼もしい助っ人が現れました。群馬の3名です。感想が届きましたので掲載します。みなさん、1週間お疲れ様でした。桑原さんの「折り紙交流」は、お昼休みに楽しく続いています。でも折り紙の「ひまわり」は、いつの間にか「ダリア」と皆に呼ばれています。 

                                             熊谷由紀子

 

重茂「ワカメの袋詰め支援」に参加して

                 〔群馬から〕

6/27~7/1 生活クラブ・群馬の3人娘(1人は20代・二人は60代)が参加しました。

 盛岡駅に17:00 到着 岩手単協の大木さんが迎えに来てくれました。「暗くならないうちに着いたほうが良いよ!!」の言葉どおり、宮古市高浜の宿舎になる佐々木家へ着いたのは19:31 薄暗がりでの中、どうにかたどり着き「ほっ・・・」。おっしゃる通り・・・街灯もなく頼れるのは薄明かりのみです。

到着した26日は、レトルトのカレー  翌日からは、毎日 3食の自炊生活です。

 翌日は、海岸沿いで 岩手単協の4人と合流し、山越えで重茂へ向かいました。緊張の中、白衣・帽子を着、手洗いなどを済ませ作業所へ、作業をする重茂のおかあちゃんたちの声に、「ほっ・・・」 見慣れたわかめの袋へのパック詰めの始まりです。小さなエビ、日焼け、などなど  目を皿のようにしての作業です。「私はこんなの平気だけどなぁ!」などもあり、しばし手が止まります。

 日程が半分を過ぎたころから、4~5人で重茂のお母ちゃん1人分(大木さん曰く)から3人で1人分になったでしょうか? 少しは話ができる余裕が・・・

 毎日の通勤道路の脇に、震災の後片付けの瓦礫の集積場がありました。ひっきりなしにトラックが瓦礫を運んでいました。通勤の山道も重茂を往復するトラックが走っていました。復旧にはどの位かかるのでしょうか?

 重茂のお母ちゃんたち、漁協の皆さん 何もわからない群馬の3人娘を迎えてくれてありがとう!!重茂の涼しい風、温かいお母ちゃんたち 忘れません

 生活クラブ・岩手の熊谷さん・豊川さん・菊池さん・大木さん色々して頂いて助かりました。ありがとう!!・・・ポテトサラダ・鶏のマリネ美味しかったです。定置網での「イカ、マス、アジが超おいしかった~!!」

宿泊所を提供してくださった、岩手の組合員の佐々木さん、生活が不自由なくできました。

本当にありがとうございました!!

                      2011年7月4日  生活クラブ・群馬 剱持裕子

 

 自宅を出て8時間。19時30分、宮古市高浜の佐々木さん宅(5泊お世話になった組合員さん宅)に着きました。その夜は差し入れの一関米を炊き、やはり差し入れのレトルトカレーを頂きました。

 次の朝、宮古宿舎を出て間もなく解体OKの家や、家の基礎だけが残る景色を見ながら、岩手単協の皆さんとの待ち合わせ場所から重茂漁協に向かい、漁協には10時頃に着きました。

 最初は要領を得なかった作業も2日3日と少しずつ慣れてきました。周りの重茂の皆さんはとても明るく、一人ひとりが大きな被害を受けたはずなのに温かく受け入れて頂きました。

 3日目、重茂の定置網が始まったという事で、イカとマスを差し入れていただき、マスは塩焼きと骨もこんがり焼いてパリパリ頂き、イカはぽっぽ煮(姿のまま胴体の上の三角部分に切れ目を入れ、酒、味噌、みりん、葱、大根などと煮る)を教えて頂き、頭からがぶりつきました。次の日、イカ刺しと塩辛も美味しかったと言うと皆さんに「え~塩辛」と口を揃えて驚かれました。地元の人はこの時期のイカではわたが小さいので、秋頃までは塩辛は作らないようです。帰る前日はイカと群馬では見かけない大きなアジを差し入れて頂きました。これは宮古宿舎のご近所さんにお裾分けしてから、勿論お刺身とタタキがとても美味しかったです。

 子供たちに会えたらと何時もバッグに入れてある折り紙を、重茂の皆さんと一緒にやり喜んで頂けて良かったです。ヒマワリ(折り紙)は一度覚えると最後に広げる所が楽しいので、お友達に教えても喜ばれます。

 お世話になった重茂の皆様、被災された皆様、頑張りすぎないでお体ご自愛ください。

群馬  桑原 とし子

 

 6月27日から7月1日まで重茂漁協の皆さんのお手伝いとして、ワカメの袋詰めの作業をさせて頂きました。お手伝いと言ってはいますが、本当に三分の一、四分の一程度しか貢献できなかった事と思います。それでも些少であれ皆さんのお手伝いに、また気分転換のようなものに役立てていれば幸いです。本当に重茂の皆さんは温かく迎え入れて下さり「お手伝い」等と言うのも少々憚れます。「行かせて頂いた」「させて頂いた」という気持で一杯の1週間でした。

 海沿いの道は未だ津波の跡が見てわかる程に残されているのに、私たちが目にする海はとても穏やかでした。私が海がない群馬で育った所為もあるのだとは思いますが、何やらとても圧倒されたような気分になったのが印象に残りました。

 日本は地震が多い国であり、いつまた海が穏やかでなくなるかはわかりません。それでもこの重茂の生産者の方々のように、また、以前のような生活をしたいと望む方々がいるならば、自分に出来る事をこれからもしていきたいと思いました。

群馬 佐藤千晶

 

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