「フォーラムの森」草刈り&バーベキュー交流会②

 生活クラブ連合会の職員有志で「重茂漁協と生活クラブ岩手とつながるツアー」と称して、フォーラムの森の下草刈りと、バーベキュー交流会(通称 逆・味まつり)に参加するツアーを企画しました。

 生活クラブ連合会から10人、生活クラブ共済連から1人、生活クラブ東京から3人、生活クラブ神奈川から4人、生活クラブ千葉から3人が重茂を訪れました。振替休日を取得して参加したメンバー、金曜日の業務のあと夜行バスで現地に駆けつけたメンバーのいずれも、草刈り部隊として、またまつりのスタッフとして汗をかき、大いに語りあうなどして交流を楽しみました。

 このツアーに参加した21人の報告です。

 

 

暮らしを重ねることが支えになれば

生活クラブ東京 政策調整部 情報企画課 入職3年次 前田歩美

 

 「この道抜けると景色が変わるよ」と言われ、心の準備をしようとしたのに、とても準備できるようなものではありませんでした。がれきはなくなったというものの、建物だったところには土台が広がっている。

 その向こうに見えたのが重茂の海でした。今回初めて行ったのですが、もう本当に海がきれい!海を汚さないようにと協力し、洗剤使わなかったり、上流にフォーラムの森を作ったりしている。だからこんなに海がきれいなんだと思いました。

 草刈りを終えた後、BBQ交流会をしました。

 私は、子どもコーナーで手や顔にイラストを描いていました。うまくできない時もあったけど「かわいい。ありがとう」と言われたのが本当に嬉しかった。こちらこそ、かわいいって言ってくれてありがとう!

 起こってしまったことをなかったことにはできないけど、あの瞬間をちょっとでも「楽しかった」と笑うことができたなら、それは本当に良いことだったと思いたい。いろんなすてきな経験を、もっとたくさん積んで、なにか素晴らしいものにしたい。

 

 2次会では、「輝く重茂の海に」を歌いました。重茂の海への感謝の歌で、涙が出そうでした。それでも、何があってもやっぱり、重茂の海は豊かな恵みをもたらす、地球にひとつの、宇宙にひとつの海なんだろう。つらくてもかなしくても、きっとみんなそれを知ってるからこの歌がある。復興に向かうのだと思いました。

 

 重茂に到着した夜、熊谷理事長は「お金を入れるんじゃなくて、人が来る援助が必要」と言いました。私なんかが行ったって、つらかったことは消せない、頼りにもならない。自己満足に過ぎないとも思いました。それでも、一緒にご飯食べたり、お酒飲んだり、歌ったりできてよかった。少しでも生活を重ねることができて良かった。

この、私たちが重茂を大切だなあ、好きだなあという気持ちが、重茂の未来をつくる原動力に、ちょっとでも繋がったらうれしい。繋げられるよう、私も全力で努力したいと思いました。

 

 重茂に寄せてくれて、いっしょに時間を過ごしてくれて、本当にありがとうございました。また寄せて下さい!

 

 以下、ツアーに参加した他の参加者のメッセージです。全員分の感想です。

  

人と人とが協力しあう土地・重茂

生活クラブ東京 大田センター 山内伸行 

 今回参加をして良かったことがいくつかありました。物や理屈ではなく、人の気持が通う交流。これは特に大きなことだとつくづく思い知らされました。

 下草刈り逆・味まつりに参加をすることもそうですが、重茂の方々の「単発の支援はいらない。末永くおつきあいできる人たちと交流して行きたい。」という気持ちが関わった多くの人の中に息づいていたのだと思いました。

 「やりたいけれど出来ない。そんなことがあったとしても、人と人が協力し合うことはどんな状況でもできる。それが重茂だ」と重茂の若者は話していました。私達には重茂で学ぶことが山ほどあります。是非、多くの人々に重茂の海産物を食べ、交流会などに参加して欲しいと思いました。


心地よく、心強い 「つながりのある暮らし」

生活クラブ連合会 生活と自治編集室 宮下睦

 

 草刈りで役に立てたのか甚だ不安だったので、祭り会場ではとにかく写真係に専念しました。使命は、楽しんでいる重茂の人たちの顔、様子を一人でも多く記録すること。カメラを向けるとおちゃめなポーズを決めてくれるおじさん、誇らしげに顔に書かれたピカチュウを自慢する男の子、おいしい笑顔をくれる親子連れ…。撮っているこちらもうれしくなるような笑顔ばかり。写真を撮ることがこんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれません。

 カメラを向ける私の肩をたたき「本当にありがとう! 生活クラブのおかげで重茂はずいぶん助かった。食べ物も物資もたくさん届けてくれた」と言ってくれたおじさん。私が届けたわけじゃないのになんだか面映い。さらに「東京にも地震がくるかもしれないそうじゃないか。今度は俺らが助けに行くからな! あんたが建物の下敷きになってたら俺が助け出すから」とまで言ってくれました。生活クラブのメンバーというだけでこんなすごい言葉をかけてもらえる、これはけっこう感動ものです。

 「つながりのある暮らし」ってこれか。おじさん、そして生活クラブ岩手のみなさん、他単協、親生会のみなさん、こんな機会をつくってくれたおおぜいのみなさん、本当にありがとう。東京大震災、来るなら来なさい! 私らには重茂がついている!! ……

 酒量もあがり、気分はますます高揚した一夜なのでした(あ、でも防災はちゃんとしなければ。翌未明の地震の折、酔いつぶれて動けませんでした。反省orz)。


被災地をこの目で確かめて

生活クラブ神奈川 高津センター 入職2年次 笹森香奈

  

 百聞は一見にしかず!の思いが私の体を動かしました。東日本大震災が発生し、当時は、何をするにも余震や、東北の被災地のニュースに関心を持ち、日々過ごしていました。が、近頃は、被災地を思う時間が減ってきていました。同じ日本に住む者として、実際に被災地にいき、この目で事実を見ておきたい、また、単に「重茂の草取り」と聞いて面白そう!と思い、今回の参加を決めました。

 何事も楽しそうで、個性豊かで、頼もしく引っ張っていってくれる先輩職員の方々、元気はつらつ、何をするにもてきぱき動く組合員の方々、温かく迎えてくれた、重茂の方々。たくさんの方と出会いがありました。

 道中に先輩が、「被害を免れた、貴重なわかめは、きっと他のルートで売ればもっと高い値で売れたに違いない。しかし生活クラブに扱わせてくれた」と、お話を聞いたときは、重茂と生活クラブの「つながり」を実感した瞬間でした。

 逆・味祭りという、素敵なイベントに携われたことも、嬉しく思います。重茂の若き漁師の話によれば、お祭りは例年このような形で行っていたけど、震災後にこんなに集まったのは初めてだ、と聞き、あらためて、貴重なイベントに携われたのだな、と感じました。お祭りに参加してくれた重茂の方の楽しそうな顔、子ども達の無邪気な笑顔からは、「津波」の文字は全く感じられないほど、エネルギーを感じました。本当は、舞台で「勇気100%」を歌う役をふられていたのですが、同期のSさんに連れられ、若き漁師さん達と話し込んでいた間に、出番に気付かず過ぎ去ってしまい…段取りを崩し、失礼しました!

 自分は今、消費材を配達しています。組合員と対面する立場です。今回のツアーで自分なりに見て、感じたことを、小さなニュースでも作って、組合員にレポートしたいと思います。


重茂の子どもたちのエネルギーに脱帽

生活クラブ共済連 佐藤慶介

 

 実家の保谷市(現西東京市)に住んでいた30年前、まだ生活クラブの職員でなかった頃、「保谷の市」という生活クラブが主体となったリサイクルイベント(今で言うガレージセールの巨大版)があり、そのアトラクションに呼ばれて演奏して以来、生活クラブに入職後も様々なイベントに関ってきた。

 今回は重茂に行って、生活クラブ岩手が主体の「逆・味まつり」。ここでもまた、音響担当を中心に協力させて頂いた。

 まつりは大盛況・大成功。音響は多々難あり、また機会があればリベンジさせて頂きたい。

 そんなことより何より、重茂の子供たちのエネルギーには脱帽だった。

 まつり会場内を縦横無尽に駆け回る。安全には当然配慮しつつも、子供たちの生きていこうとするエネルギーは止められない。

 彼らは重茂で育って、大人になってゆく。

 これから自分にできることは何だろう。

 


時と距離を越え、再びつながる

生活クラブ連合会 事業部生活用品課 三木祥子

 

 今回、5月の支援に続き夏の支援も参加させていただきました。以前と比べると高速道路の道はでこぼこがなくなり、快適に走ることが可能に。復興が進んでいると感じていると、宮古道路を抜けた、海が見える景色ではまだ津波の傷が大きく残っていました。以前この景色を見た時と同じように衝撃を受けたのと、その事をこの3か月で忘れていた自分に気づきました。時間と距離が離れると思いも少しずつ薄れていくものだから、今回また重茂に来られたことがとても良かったと思います。

 重茂に着くと、岩手組合員がカレーで迎えてくれ、動き方すべてに気合が入っているのが空気にあふれていてわくわくしました。屋外で行われる逆味(毎年行われている味まつり逆バージョン)で、「当日雨が降ったらどうします?」の質問に。「大丈夫、雨は降らないことになっているから」ときっぱり。腹が据わっている姿に不安が飛ばされました。当日は慌ただしさと予定変更が重なるなか、その状況を受け入れて動くメンバーに、一緒にやれてよかったなと感じます。素人集団のお祭りに来ていただいた重茂の方々にも感謝。日々の生活にまた気持ちは薄くなるかもしれませんが、どこかでまたつながれるといいです。

 


みんなにありがとう!

生活クラブ千葉 上総ブロック組合員 坂倉香代

 

 私は、連合会有志の一人として、千葉県市原市から初めて参加しました。

 穏やかな重茂の海も、森を流れる重茂川も、この数か月のいろいろな人たちの活動で、しっかりと「今」の時間を取り戻しつつあるようでした。

 フォーラムの森での草刈作業は、さすがに大勢の力、あっという間に終えました。夏草に埋もれていた木がまだまだ幼い子供のようでした。

 『逆・味まつり』では、子どもコーナーでフェイスペイントをやらせてもらいました。汗や砂のついた手、日焼けした頬。そんな小さなキャンバスに、ハートや四つ葉やキャラクターなどを描きました。時には行列もできて「ありがとう」と喜んでもらえて、嬉しいひと時でした。

 驚いたのは、重茂の子どもの元気なこと!組合員や職員や生産者、大人たちもあちこちで盛り上がっていて、そんなところがいいなと感じました。

 最後に、はるばる集結したすべての人へ。重茂の人へ、岩手単協のみんなへ、ありがとうと言います。


数奇な縁にいざなわれ……

生活クラブ千葉 上総ブロック組合員 安田紀美子

 

 2008年に、六カ所の反対運動で初めて重茂を訪れた時から、重茂は私にとって特別な愛おしい地となりました。

 胸の中にある想いは、話せば長くなるので全部は話しませんが、その中のひとつ、高坂参事が若い頃に千葉の木更津漁協・奈良輪漁協で1ヶ月研修をしたとおっしゃっていました。奈良輪は私のふる里で、父は海苔の養殖をしていました。遠い遠い重茂でまさか奈良輪漁協の名を聞くとは思いもよらなかったので、私にはとても嬉しい『ささやかな縁』ができました。

 「いつかもう一度訪れたい…」という願いは震災後ますます強くなっていきましたが、「何かしたい」という思いや「私のような無力なよそ者が行って良いはずがない」という思いやらがぐちゃぐちゃと頭の中で渦巻いていた時に、佐藤さんから声をかけていただきました。

 何にもない港のまわり、瓦礫の山、転がっているテトラポット、重茂川の様子、削られた山肌、茶色く立ち枯れている木々。目の当たりにした時は声も出ませんでした。直後はいかばかりか…想像も付きません。

 しんどいところをしていないのに、今回参加させていただき申し訳ない気持ちですが、お祭りの子どもコーナーで一緒に風船を作った子どもたち、汗だくで走り回って遊ぶ笑顔、お祭りに来てくれた皆さんの優しい眼差しが忘れられません。盛り上がった二次会や、若い人たちと夜中まで車座で色々なお話が聞けたことも、本当に素晴らしい時間でした。

 日常の中では、重茂の皆さんに思いを寄せることしかできませんが、次の機会にはまた参加させていただきたいと思っています。

 

 毎回たくさんの食事を作って下さった岩手の組合員のみなさんに、感謝の気持ちでいっぱいです。

 ありがとうございました。


海で生きていく決意を感じた  

生活クラブ神奈川 相模原センター 入職3年次 加藤直之

  

 私は配送担当で配達時に組合員から重茂の状況を聞かれることがあります。その時はホームページに掲載されていることを話すことしかできませんでした。実際に重茂に行って重茂を見て、重茂の人に会って、そのことを組合員に伝えられたらと思い、この企画に参加しました。

 「逆・味まつり」では子供コーナーを担当しました。とにかく子供たちは元気いっぱいでした。みんなニコニコ笑っていて、私が逆に元気をもらいました。

 お祭りの中で一番感動したのが中学生の「よさこいソーラン」でした。一生懸命踊っている姿はもちろん感動的でしたが、震災があっても、海で生きていく決意のようなものを感じました。彼らも大人になったら漁師になって行くのかなぁと思うとその力強さにさらに感動しました。

 実際に重茂の方々に会うと元気な方々ばかりでした。重茂漁協では既に漁を始めているということは知っていたのですが、重茂には希望があり、もう復興を始めているということを肌で感じることができました。

 元気いっぱいな子供たちがこれからも元気いっぱいに過ごせるように、重茂の復興のために、配送する中で今回のことを組合員に伝えていきたいと思います。

 


重茂漁協の未来は明るい

生活クラブ連合会 検査室 沼尾哲也

 

  • 道端に刈った草をほったらかして、ご近所の方に片付けていただいたようで申し訳ありませんでした。草刈機を使うより、片付けのほうが手数が掛かったことでしょう。
  • 夜中には漁師さんの若手と漁協事務局の若手と話す機会を得て、重茂漁協の未来は明るいと感じました。中でも、大下さんは漁協のことをよく考え、若手の漁師さんたちの信頼も厚い優れた事務局でした。
  • 二次会の「おいらの船は300トン」*に感動しました、これが本物だと思いました。この次には、酔っ払って怒鳴ることができるようにしたいと思います(極度の音痴なので歌うのは不能)。
  • 岩手の組合員の皆様、GWに続いて食事の準備をしていただき、有り難うございました。他にもたくさんお礼を言わなくてはなりませんが、紙幅が限られていますので。

 

*:参考に歌詞を引用します。

一. 港出たならマグロを追って  燃える赤道南方航路

    おいらの船は300トン  昔親父も乗って働いた

     海は碧のインド洋  エンヤコラセー  エンヤコラセー

 

二. 海が荒れようとかぶろうとままヨ  海の男はデッカイ度胸

    おいらの船は300トン  白いペンキははげてはいるが

     シケが来ようとへっちゃらさ  

                  エンヤコラセー  エンヤコラセー

 

三. 三日続きの寝不足こらえ  汗にまみれて曳くマグロ縄

    おいらの船は300トン  のびた髭づらさっぱり剃って

     明日は故郷の下関 

                  エンヤコラセー  エンヤコラセー

 


生活クラブの魅力を再確認

生活クラブ連合会 総務部経理課 吉野浩史

 

 長いドライブの果て、山を抜けた先で目に飛び込んできたのは、数件の破損大型施設と民家の土台ばかり。かつて写真で見た大量の瓦礫は綺麗に撤去されており、短期間での変貌ぶりにまずは驚きました。その風景を上手くまとめる表現を見つけられずにモヤモヤしていましたが、帰京後に浮かび上がってきたのが「遺跡」という言葉。ほんの僅か数ヶ月前まではそこに生活があったはずなのに、遥か昔の痕跡であるかのような断絶感に、瓦礫に埋もれた風景とはまた違う悲しみを覚えました。

 3.11以降、震災以前とほぼ変わらぬ日常を送りつつも、支援らしい支援もできぬ後ろめたい気持ちにどう折り合いをつけていこうかと自問自答で彷徨っていた中でお誘いいただいたこの企画。雨の中の草刈りも、祭りでのBBQ調理・余興クイズ司会も、自己満足の欠片にもならない働きしかできなかった自分ですが、生活クラブ側主催のこの企画が地域で好評価を得たと聞き、ささやかなお手伝いができたことを嬉しく思っています。

 それもこれも、現地でお膳立てをしてくださった岩手単協の組合員・職員の皆さんのおかげです。そのバイタリティに感服。これが生活クラブの底力なんだな~、と日々些細な事柄で右往左往している自分に、生活クラブの魅力を思い起こす機会を与えていただけました。

 


コミュニティを思い出す光景

生活クラブ連合会 企画部 山本義美

 

 雨が心配された今回の重茂ツアーでしたが、みんなの願いが通じたように、まさしくフォーラムの森の下草刈とバーべキュー大会の間だけ、雨は止みました。

 おかげで虫にも刺されず、日焼けもせず、その点では恵まれたイベントになりました。が、バーベキュー大会には総勢600名以上と、会場を埋め尽くさんばかりの重茂の皆さんの参加があり、焼肉隊メンバーはうれしい悲鳴を上げていました。

 山本は写真係りとして、いろいろなコーナーをまわっておりましたが、会場のあちこちで子どもたちの歓声が上がり、ステージでは中学生らの力強い太鼓や踊りが披露されるなど、エネルギッシュなその姿に重茂のみなさんも目を細めていたように感じました。

 なお、私は今回、初めて重茂を訪問したのですが、なぜか自分が育った1960年代の町内でのつながり(コミュニティ)が思い出されて、仕方ありませんでした。

 


たくさんの笑顔と元気をありがとう

生活クラブ東京 小平センター 入職3年次 大熊直子

 

 同期の相沢君から重茂ツアーの話を聞き、被災地を一度自分の目で見てみたい、という単純な思いから参加を決めました。実際に見た海岸沿いの様子は、瓦礫が取り払われていても現実離れしていました。ニュースなどで津波の映像は何度も見ているのに、ここを実際に津波が襲う様子は想像がつかず、怖いというよりも、ただただ不思議な光景でした。

 フォーラムの森の草刈、逆味まつりは本当に楽しかったです!特に、まつりで綿あめブースに来て下さった重茂の方々に感謝です。

 口の周りをべたべたにしながら綿あめを頬張っていた子、待っている間にぐずってしまった小さい子に順番を譲ってくれた男子中学生、「私ももらって良いかしら?」と少し恥ずかしそうに列に並んでいたおばあちゃん。綿あめを手にした途端、皆さん笑顔になってくれました。たくさんの方に「ありがとう」の言葉を頂きましたが、こちらこそ、たくさんの笑顔と元気をありがとうございました!

 


今の私にできることを

生活クラブ神奈川 港南センター 入職2年次 崔麻菜

 

 震災後私の職場では‘重茂が…’という言葉が飛び交っていましたが、会ったこともない重茂の人々が震災によって、突然私の日常に登場してくることに違和感を覚えていました。

 しかし今回たったの三日間ではありますが、実際に現地を見て、重茂の若者と語り合って、震災を思うとき、重茂の人々の顔が今では浮かびます。

 組合員が重茂のわかめを待っていることを重茂の漁師さんたちに話してきました。今度は配送担当として、復興に向けて重茂が動いていることを組合員に伝えていかなくてはと思います。今の私にしかできない支援の仕方で、重茂と関わっていけたらと思います。また現地に行くまでは、重茂は一つと捉えていましたが、青年部・女性部・集落ごとによってなど、様々な考えがある中で悩みながらも進んでいると感じました。‘重茂’は一つであって、一丸となって復興に向けて頑張っている!と非被災地側が重茂を簡単に美化してはいけないと感じました。今回の旅で、重茂の人々と重茂を大切に思う生活クラブの人々と‘顔の見える関係’になれたこと、これからも大切にしていきたいと思います。

 


生産者との、絆を実感

生活クラブ千葉 組織部 染谷裕行

 「重茂漁協と岩手単協とつながるツアー」へ参加する機会をいただきありがとうございました。
「逆・味まつり」は生活クラブ側から仕掛けた企画でしたが、重茂の皆さんやその子どもたち、一致団結した岩手単協の組合員と職員の姿を見て、逆に元気を貰いました。

 草刈りの途中、すれ違った重茂の方から「生活クラブさんには早くから支援いただいて本当に感謝しています。」と声をかけられました。一緒にいた岩手単協の方にたずねると面識はないらしく、どうやらこの団体が生活クラブだとわかったので声をかけてくれたようです。震災直後からこの数ヶ月、重茂漁協の復興支援を続けていたことで生産者との絆が深まっていることを実感しました。

 この先も生産者とのつながりを大切にし、結集していきたいという気持ちが強くなりました。

 


重茂に、また来るね!

生活クラブ連合会 事業部 加工食品・水産課 ギフト担当 相澤和宏

 

 久しぶりの重茂!久しぶりの岩手!慣れない仕事に追われる日々を過ごしていた自分にとって、今回の重茂行きはまさに開放の時でした。
こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、今回、誰よりも「遊び心」をもって臨んだのは僕だと思います。被災後の岩手の組合員や職員の支援する力、重茂の復興する力をすでに見ていた僕は、悲壮感を持つのはおかしいと思ったし、僕一人が何かできると思うのも、おこがましいと思っていました。ただ駒として働かせてもらい、心から楽しませていただきました。


 綿あめ担当をさせてもらい、重茂の子供たちの「綿あめください!」の声、大きな綿あめを見てびっくりした顔は、思い出すたびに嬉しくなっています。
岩手組合員の皆さんには、今回も沢山お世話になりました。4月の僕のカラダの大半を作っていた岩手のおにぎりをまた食べられました。おいしかった!
重茂の子供たちと、また遊ぼうな!って約束しました。僕は、嘘をつく大人にはならないつもりです。また来るね!

 


「久しぶりの大人の笑顔」に胸がつまった

生活クラブ生活協同組合・神奈川 政策調整部 組織調整課須永 陽子

 

 3年前、漁協の皆さんにお世話になって重茂を訪ねました。震災以降、ずっと心が離れずにいましたが、今回やっと行くことができました。

 津波の傷あとは想像以上に大きく、深く、言葉に表せない恐怖を感じましたが、たくさんの手で確実に少しずつ、今日を生きていくための努力がつみ重ねられていることを、見てとることができました。

 草刈り、バーベキューと目まぐるしい一日でしたが、風船を手に走り回る子どもたちや、ビール片手に車座で笑い合うおじさんたちの姿を見て、つかの間でも、当り前の、なんでもないひと時を過ごしてもらえたなら本当に良かったと思いました。高坂参事の、「大人が笑うのを久しぶりに見た」という言葉に胸が詰まりました。

 岩手の組合員の結束力と、漁協の皆さんと築いてきた絆にも感動しました。今回感じたことを忘れず、今できること、ともにできること、ここにいるからできることを、考えていきたいと思います。ありがとうございました。

 


距離が近くなった重茂

生活クラブ連合会企画部組織運営課 渡辺繁美

 

 6 月にはメンバーのメールが飛び交いはじめ、この企画に対する思いはタダならぬものを感じました。相馬さんの「リコーダーは誰でもやったことあるから」の甘い誘惑に誘われて、リコーダー隊(?名前がなかったね)気軽に参加してしまいました。かといって練習もままならないうちに、当日を迎え、行きの車中は練習場となってしましました。(同乗のみなさん、騒音に苦情も言わずありがとう!鳥羽一郎も練習しましたね。)数度の練習で上達するものだ!とうぬぼれながら暗譜のできない自分の記憶力の弱さにがっかりです。

 翌日朝 5 時はどしゃぶりの「バッチリの天気!」。雨の中の草苅でしたが、昼前にはあがり岩手のメンバーの思いが通じたかのようでした。まつりは、あっという間に大勢の重茂の人たちであふれ、野菜を焼く手の熱いこと!大枠だけの役割分担の中、岩手のメンバーを山梨、群馬、千葉、埼玉…の組合員、職員、親生会他のメンバーがトラブルも起こさず、それぞれの持ち場をこなしたのはさすがと心の中で拍手、岩手と舞台を仕切った職員の面々のコミュニケーションに感心しました。これぞ生活クラブの自主運営の賜物。リコーダー隊の出番は夜の 2 次会に回ってきましたがアルコールが敗因で沈没、みなさんの暖かい拍手に救われました。それにしても重茂の方はどうだったのでしょう?まつりを楽しめたのかどうかお話を聞く余裕がなかったことだけが心残りです。距離の遠い重茂ですが、気持ちはぐっと近くなりました。

 


食べ続けていこう、肉厚わかめ

生活クラブ事業連合生活協同組合連合会 企画部組織運営課 上保佳子

 

 重茂に行こうと話が出たのは千葉出向メンバーの集まりの時。漁協の組合長が早い時期から再開を決意し、船を千艘も発注したとのこと、これは支援するしかない?!と盛り上がり、その後話がどんどんすすみ、熊谷さんの「待ってるからね!」という言葉にも押され、引きずられての参加でした。

 で、行ってみると「百聞は一見にしかず」で、きれいな森ときれいな海!ここに住んでいたら離れる気はしないだろうと先の組合長の決意にも納得がいきました。ボランティアとして実質働いたのは草刈りとバーベキュー準備の一日位でしたが、「子どもがよころぶ姿が見られて良かった。ありがたい。」とお礼の言葉をいただき、何より嬉しかったです。

 「肉厚わかめ」を利用して28年経ちますが、はじめて重茂に来て、より身近になりました。今後もできる形で支援していきたいと思いますが、食べ続けることが一番大事なこと。利用をすすめましょう!また、岩手組合員の皆様には食事から何からたいへんお世話になりました。さらに参加した全ての皆さんおつかれさまでした&ありがとうございました!

 


ともにいること、食べること…できることはたくさんある

生活クラブ事業連合生活協同組合連合会  事業部・申込情報課  相馬 祥

 

このツアーに参加した感想を、と考えた時に最初に出てくるのは、本当にありがとうございましたということです。何をしたわけでもなく、高橋さん始めツアー参加者の皆さん、岩手単協の組合員と職員の皆さんの導きのままに参加させてもらったのですが、祭りの中でもその後でもさまざまな方から感謝の言葉をかけていただきました。そのたびに“感謝するのはこちらのほうだよ”と思う日々です。また、ツアー終了からこの約一週間というもの“私の中で何かが変わった…”という思いがありながら、じゃあ何が変わったのか、明確にできずもやもやとした日々でもありました。ツアーで特に印象に残ったことをまとめることで、このもやもやが解消できたらと思います。

 

<その1 とにかく岩手単協の組合員の皆さん・職員の皆さんのパワーに圧倒されました>

 参加者およそ600人という規模の祭りを実現させた実行力、祭りのプログラムの豊富さ、私たちが何の不自由なく過ごせるように準備し迎えてくださったこと、あげればきりがないのだけど何をするにも岩手単協の皆さんのパワーと心づくしを感じました。

 また、祭りの終盤に重茂の女性の方から「祭りに来てわかった。私たちに必要なことはこれだったんだって。ありがとう」と声をかけていただきました。その方のお話では、重茂は3つの地域にわかれるそうで、震災後、地域を越えての交流はなかなかできなかったそうでした。久しぶりに会えた別の地域の方々との語らいでこんなに満たされるとは思い至らなかった、この機会があって求めていたことはこれだったんだとわかったと。みんなそう感じているから車座になって話す輪がなかなか小さくならないんだと。ご本人たちさえ気づけなかったニーズを満たしたこの祭り。その役割は大きく、私なんかには想像できないものなんだとこのとき思いました。

 この祭りを決行しようと決めた岩手単協の皆さんの熱い思いはどこからくるのか。多くのことがあると思いますが、1つは確実に40年間続けてきたわかめの共同購入にいきつくのではないでしょうか。モノでつながるのをきっかけに、人と人がつながり、それが地域のつながりへと広がっていくというダイナミズムをこの祭りで見ました。岩手単協と重茂の方々が作り出したそのことにも圧倒され、感動しました。

 

<その2 漁に出たい!>

 さて、祭りが終わった後、夜の部で、漁師のSさんと話す機会に恵まれました(寝てる人もいたというのにうるさくしてスミマセン)。最初は漁師になって何年になるんですか? とか、20代で子ども4人もいるんですか! びっくり! とかそんな話をしていましたが、何の話からだったか定かではないですが、Sさんは「漁にでたい! 魚をとりたい」といいました。震災後すぐに日本全国からいち早く船を集めたこと、天然わかめの漁を行なえたことなどなど、重茂はマスコミでも生活クラブの中でも復興の先駆けとして何度も報道されてきました。けれども、漁師のみなさんが本当にしたいこと。それがまだ奪われたままなのだ、ということにこのとき初めて気が付きました。ばかです。

 Sさんが再び漁にでるために、私にできることは何か。今回のように(?)重茂にやってきて、猫の手として使ってもらうことも然り。しかし日々できること、といえばやっぱり“食べること”なんだと思いました。私の“食べる”はいつか必ずSさんや他の漁師の皆さんが漁にでることにつながるんだ、そう思って利用し、そして仕事をしよう、と新たに思った次第です。

 と、ここまで書いて、私はこのツアーで、これからどんな暮らし方をするか、生活クラブでどう働くのか、動機と方向性を頂いたんだなと思いました。以前と変わったこととは新たな動機を得たことでした。

ツアーの皆さま、岩手単協の皆さま本当にありがとうございました。また使っていただければ幸いです。

 


変わりゆく重茂を末永く見続けたい

生活クラブ連合会 生活と自治編集室 高橋宏子

 

 3・11のあと、突き動かされる思いで有志の仲間を募り、5月の連休を利用して岩手単協の大木専務たちに連れられて重茂を訪れた。船、養殖施設、ガラスの浮き玉の破片など……重茂川の中流域まで押し寄せられていたがれき。ごく一部を人海戦術で拾い集めた。帰りがけにワカメをくれた浜の男たちの「今の俺たちがおまえたちにできる支援はこれしかない」という声と、誇りに満ちた表情が脳裏に焼きついた。

  そして今回、このツアーに参加した仲間は3倍に増えた。主な作業は、「フォーラムの森」の草刈り、そしてバーベキュー交流会(通称・「逆・味まつり」)の手伝いだ。ハプニングも続発したが、それをはるかに上回る仲間たちのファインプレーの数々に興奮した。熱い心と行動力がすばらしい主催者の生活クラブ岩手の皆さんはじめ、遠路、重茂に参集した他単協の関係者、生産者……と一緒に出来たのも得がたい経験。

 何より笑顔、笑顔、笑顔!! 重茂の人たちの喜ぶ顔が、声が、本当にありがたかった。


 帰りがけ、重茂川を見にいった。大木さんの言葉通り、確かにゴミはなくなっている。きれいサッパリと。だが痛々しい光景でもある。中流の橋から河口に向けて、重茂の人々は川底に重機を入れて徹底的にさらっていた。彼らはがれきだらけの川を見るのが心底嫌だったんだ――。ちょっとやそっとではどうにもならないことへの苦悩が見えた気がした。

  ……きっと、今年溯上する〝南部の鼻曲がり〟は、母なる川のあまりの変わりようにとまどうに違いない。元の姿を取り戻すには相当の時間を要するはず。でも川は、石や森の恵みを運び続けて、数十年、数百年かけて新しい川底を育んでいく。同じように時間をかけて少しずつ暮らしを取り戻し、新しい重茂をつくっていく人々。かれらと連なる機会を、末永くもてるようにしたいと思った。ともに行く仲間がいれば、なおのこと良い。
 

  

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