ヘドロ出し支援が終了
震災3ヶ月目の6月11日、2ヶ月半にも及んだ高橋徳治商店のヘドロ出し支援活動を全て終了しました。この間、参加してくれた多くの岩手の組合員、その組合員の家族の方々、専従職員、そして全国の生活クラブの専従職員の皆さん、太陽食品販売の皆さん。本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。この紙面を借りて報告すると共に、お礼申し上げます。
㈱高橋徳治商店の本社工場は見違えるほどまでになりました。ひっくり返った自動車もありません。どこから流れ着いたのかわからない瓦礫もありません。津波が運んだ重油混じりのヘドロもありません。これらの撤去作業に関わった一人ひとりの、ひとかきのスコップによって、膨大なヘドロと瓦礫を取り除きました。そして終盤では北上川の海水混じりの水を汲み上げ、強烈な放水で大型機械に入り込んだヘドロを流し、床を流しました。グリーンの床が浮かび上がった時には小さな感動を覚えたものです。そして最後はトラックヤードを洗い流し、長靴でしか入り込めなかった本社社屋は革靴でも入る事ができるようになりました。
本社工場の周囲も大きく変わってきました。瓦礫撤去が遅れていた石巻。しかし本社工場の周囲もこの半月ほどで急ピッチで瓦礫が無くなってきました。その主力は自衛隊による撤去作業です。そして目の前の道路は砂利で海水の浸入を押さえ込みました。ヘドロ出し作業で汚れた合羽や長靴を洗い流した満潮時の海水はありません。驚きは1週間前に水道が復旧したことです。そして電信柱も復旧し、新しい電線も張られました。工場や本社に引き込む設備さえ整えば電気も回復しました。しかし、目の前の傾いた家屋はそのままで、もう一度大きな揺れに襲われたら倒壊するでしょう。周囲の民家には誰も戻っていません。瓦礫などの撤去は進みましたが、動いている人は作業する人だけ。「生活」する人は皆無です。近くの湊小学校は避難所のままで子供の姿はありません。この地域は今後どのようになるのか。その指針すら出ていません。
6月7日に高橋社長と支援活動について話し合いました。彼からこの支援活動に対する感謝の言葉を受け取りました。そして6/11を一つの区切りとする事を確認しあいました。これからは専門知識や技術を持った人しか手を出せない領域。我々ができる支援活動の終了でした。
ヘドロは出したものの工場が再開できることはありません。津波は全てを破壊しました。復旧させるかどうかの判断のベースをつくっただけです。そして放置したら臭いやハエが群がるから、これを回避したかったからです。回りに人は住んではいませんが、強烈な臭いや細菌の汚染源となる事を回避する。地域への責任からの行動でした。真っ暗闇のトンネルの先に光は見えません。光を見つけようと日々走り回っています。絶望に首をうなだれるだけでは光は見つからない。だけど走り回っても光が見つからない。どこにも怒りすらぶつけられない現実を感じます。今はただただ、ほんの少しでもいいから光が差し込んで欲しいと願うだけです。
専務理事 大木敏正